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土地の素顔を読む

 東京から遥か南方に、小笠原諸島があります。東京都に属しており、島内には、品川ナンバーの車が走っています。
 2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生した影響で、その年の年末旅行は飛行機を避けることとし、船で行ける小笠原諸島の父島に決めました。私と小笠原諸島との関係は全く無かった訳ではなく、それまでに3棟ほどの建物の設計を行っていましたが、実際に現地に行ったことはありませんでした。竹芝桟橋を出港して太平洋を延々と進み25時間、ようやく父島の港が見えてきた時の感慨は、未だに忘れられません。

 2013年、その小笠原諸島の西ノ島近くで海底火山が噴火し、既に3年の月日が経ちました。溶岩の流出によって、西ノ島の大きさは、それまでのおよそ12倍になったそうです。最近の調査では、島には鳥が降り立ち、繁殖活動も見られているそうで、これからの西ノ島の様子は、陸地発祥の歴史を目の当たりに出来るものと私も注目しています。火山活動により流れ出た溶岩がやがて冷えて固まり、その後、鳥などが飛来して休憩を取りフンをする。そのフンに含まれている草の種から芽が出、いずれその地に繁殖していく。


小笠原諸島 西之島


その流れが今後見られていくのは楽しみです。実際にはもっと複雑と考えますが、私たちが住む日本列島の成り立ちにも、思いを馳せてしまいます。


 実際、私たちが暮らす土地の下には、長い歴史と様々な地層が存在しています。先の熊本地震においても、裏山が崩れ、家が崩壊した現場映像を目にしました。住民へのインタビューで「この60年、こんな事は無かった。」との証言がありましたが、地球の歴史からすれば、60年というのは一瞬の事であり、60年崩れなかったことが安心できることにはなり得ないのだ、と改めて感じました。


 2014年8月には、広島市で大規模な土砂災害が発生しました。記録的な大雨により、土砂崩れ166ヵ所、道路や橋への被害が290ヵ所、74人が亡くなり、330棟の家屋が倒壊しました。


2014年8月。広島市での土砂災害


 広島市の災害では、土砂災害が発生した166ヵ所の内、行政が警戒区域に指定していたのは40ヵ所だけだったことが問題となりました。
 土砂災害の危険性については「土砂災害防止法」により定められており、住民に危害の及ぶ恐れがある区域について、都道府県が事前に調査を行った上で「警戒区域」に指定し、住民に危険が迫った際に速やかに避難出来るよう、ハザードマップによる公表を行い、新たな建築についての制限を行うこととされています。
 広島県においては、これまでにも何度か大規模な土砂災害が起こり、被害が出ています。


  • 昭和26年 死者166名
  • 昭和42年 死者159名
  • 昭和47年 死者39名
  • 昭和63年 死者15名
  • 平成11年 死者32名

 これほどの被害が発生していても、行政の仕事は追いついておらず、これは広島県だけに限った事ではありません。全国規模で見ると、事前調査で判明している危険箇所は52万5000ヶ所ありますが、公表されている警戒区域は35万4000ヵ所余りで、3分の1に当たるおよそ17万ヵ所は、住民に一切知らされないままとなっていました。行政の言い分で表現すると「警戒区域に指定すると土地の価値が下がるので・・・」という事であり、一体何を目的に行政が存在しているのか、全くわかりません。事なかれ体質とでも言えるでしょうか、日本全国の行政体質の劇的な変化は、おそらく今後も望めないものと思います。

 広島市の場合、行政は突然、警戒区域の公表を行いました。行政訴訟を恐れたものと思われます。その一方「もっと早く発表されていればこの土地は買わなかった。」と言う人も、多く発生したものと思います。


 この大泉地区においても、突然「警戒区域」が指定され「建築制限」が発令しました。当然のことと考えます。どの様な制限かと言うと、「土砂が流れてきても大丈夫なよう鉄筋コンクリート製の塀を作り、建物への影響が出ないようにする」等です。その為、警戒区域に指定されると、その土地が売りにくくなるのは事実です。不動産業者は、その土地が警戒区域であり、どの様な規制があるのか事前に説明した上で、土地を販売しなければなりません。
 しかし大事なのは、「警戒区域に指定されていることが、安心が担保されていることでは無い。」という事です。逆に言えば、行政が警戒区域に指定していない土地だから大丈夫、という事ではないのです。


 建築基準法においては、建築を行う際には「敷地内に30度を超える勾配を設けてはならない」と規定されています。どうしても敷地に傾斜がある場合には、擁壁を設け、勾配を緩くしなければなりません。
 しかし、これはあくまでも自分の敷地内のことであり、例えば隣の敷地に30度超えの傾斜があっても、自分の敷地内では建築の制限無く新築する事は出来ます。人の敷地に関して手が出せないのは当然のことですが、土石崩れは、敷地境界とは関係無く襲ってきます。熊本地震では、隣地の擁壁の倒壊により被害を受けた建物が多数ありました。


傾斜地の古い擁壁


 例えば、傾斜がある隣地に古い擁壁があった場合はどうか。建築基準法においては、隣地の擁壁の安全性が確認出来ない場合には、新築する側が自分の敷地内において、安全性を確保しなければならないのです。


 下の写真は、先日、三重県の志摩に行った際に撮影したものです。建物裏に崖を背負っていることがわかります。山肌に施されている土留めは、おそらくこれまでの地震、大雨などに耐えたのだと思いますが、これからの天変地異にも耐え得るものかどうかは、何の保証もありません。


崖を背負った土地


 流石にこの様な土地を購入する方は少ないでしょうが、先祖からこの土地に住まわれている方にとっては、気にならないことかも知れません。


しかし、新規に土地を購入して家を建てる方は考えて欲しい。
いかに、構造計算を行い耐震等級の高い建物を設計して、確実な施工を行いましても、それは所詮その敷地の中だけの事です。
その土地の現在に至る歴史と敷地を取り巻く特性を読み解かないと広域的な被害から守ることは出来ません。
『人の生命と財産を守る』とは、そこまで考えないと達成出来ないことと感じます。
土地とは普段は大人しく静かにしていても、何かきっかけがあると容易に豹変してしまう可能性を持っているのです。その為には、その土地が存在する周辺についても、よく見渡すことが必要です。
その土地は、貴方を守ってくれますか?