子供の頃から思い描いた理想の家
施主のY様が初めてオルケアにお越しになったとき、脇に分厚い資料を抱えていらっしゃいました。拝見するとその多くは建築やインテリアの写真で、中にはデッサンや手書きの図面も含まれていました。建築手法に関するものや、デザインに関するもの、ある建築構造のディテールを捉えたものなど、建築家が一目みればひとつひとつが「それ」と分かる大量の資料でした。驚いたことにY様は、長い時間をかけてこの資料を一人で集め、整理されたとのことでした。お持ちいただいたのはそのほんの一部で、自宅にはさらに膨大な資料を保管してあるようでした。子供の頃からずっと思い描き続け、人生の目標としてきた自分自身の「家づくり」のために、コツコツと収集し積み重ねてきたY様の貴重な資料です。
オルケアさん、私が子供の頃からずっと思い描いてきた理想の家を、一緒につくってもらえませんか。
Y様の熱意と想いに、身の引き締まる気持ちでした。
表情豊かで広大な土地、将来の姿をも見据えるランドスケープデザイン
ご準備いただいていたのは、日当たりも抜群で表情豊かな自然と地形を持つ広大な土地でした。広葉樹に囲まれた、紅葉の美しい場所です。この土地を選んだ一番の理由は、お庭。生活の中に自然を招き入れ、生涯にわたり手をかけていきたい、というご要望でした。
土地には若干の起伏がありました。庭を設計するときに、この起伏を上手に生かすことで景観全体にアクセントと奥行きを加えることができます。起伏は建物外の導線を考える上でも重要です。10年後、20年後、30年後の植生の変化と庭の姿を想定し、敷地全体のランドスケープ・デザインを考える必要があります。
芝についてのあれこれ
敷地全体とお庭のデザインにあたり、Y様からご要望があったのが、「一面の芝生」。1年を通じて鮮やかな緑色を保つ「西洋芝」がご希望でした。しかしその広大な庭に一面の芝生となると膨大な面積になり、個人が管理できる範囲を超えてしまいます。西洋芝のメンテナンスは非常に大変です。芝は水はけの良い場所に植えないと根が腐ってしまいますが、反面、成長するのに大量の水分を必要とするため、管理が非常に難しい植物です。良い芝が育つかどうかは、その土地質にも大きく左右されてしまいます。
しかし、子供の頃から「理想の家」を思い描いてきたY様。芝生に関するあれこれについても当然ご存知です。そもそもこの土地は、庭一面の芝生を実現できる土質と日当たり、広さを条件に決めたものだったのです。芝を敷くからには、一度庭を作ってお仕舞いというわけにはいきません。Y様が生涯、芝生の美しいお庭と過ごせるように、お手伝いしなければなりません。
芝のスペシャリストに相談
お庭の芝の造成には、八ヶ岳のゴルフ場でグリーンキーパーの仕事をされている知人の方にご相談することにしました。芝の管理を専門とされている会社はたくさんあるかと思いますが、「八ヶ岳」という場所に密着した地元の方の方が良いと考えたからです。問題があったときに、すぐに顔を見て相談できる身近さが、暮らしには大切だからです。設計の段階からY様に引き合わせ、ご希望を伺いながら芝の植え方、育て方を決めていきました。暮らしが始まってからの芝のメンテナンスについても、お手伝いをしてくれることになりました。
八ヶ岳における2世帯の暮らし
別荘としての建築が多い八ヶ岳において、「2世帯での移住・永住」は比較的珍しいケースです。世帯間の生活スタイルの違いを吸収するために、生活導線を明確に切り分けることが多いのが都市部の2世帯住宅ですが、八ヶ岳での場合はそもそも「家族との時間」や「空間の共有」を大事にしたいという方が多くいらっしゃします。Y様の場合もそうしたお考えでした。同居するご両親とそれぞれプライベートな場所は確保しつつも、生活の場がある程度重なり、その行き来が家全体の呼吸を生むような設計とデザインがご要望でした。
こうした考えで設計した八ヶ岳の2世帯建築には、2つのリビングを設置。浴室とキッチンは1つずつ配置することとなりました。1階には日当たりの良いリビングと、リビングと一体になったダイニングキッチン。奥にご両親の寝室。階段を昇り降りすることなく1階部分だけでゆったりと生活できるようにしています。
1階中央の階段は、2階のリビングに続きます。2階リビングの片側を吹き抜けにしたのは、採光と開放感のためだけではなく、フロアが分かれてもお互いの生活の息遣いを感じるためでもあります。
2階の奥にはご主人の趣味である音楽鑑賞を楽しむための、オーディオルームを設置しました。オーディオルームの直下にはご両親の寝室がありますから、この部分には十分な防音構造を施し、ドアも防音構造の分厚いものを採用しました。
重ねるところは重ね、分けるところは分ける。暮らし方を明確にすることで、Y様にとってはもちろん、ご両親にとっても「理想の」、2世帯の建築が完成しました。
建材や建具、すべての要素を吟味して選ぶ家づくり
膨大な資料に蓄積されたY様の「理想の家」に対する思いは、単なるイメージではなく具体的なモノにまで落とし込まれていました。カウンターテーブルに使う木材種、照明に使う和紙の種類、結露を防ぐ機密性の高い断熱材の商品名。プロに負けないほどの建築知識は、相当な勉強をして身につけたものでした。私たちはそうした具体的なプランについて、専門的な観点から助言を加え、時には代替案を示しながら、道標を提供していきました。
設計の観点からも、Y様はおおまかなプランを固めておられました。どの位置にどのくらいの窓が必要で、その窓が季節ごとにどういった光を取り込んでくれるのか、そうした考察も含め、家づくりをご準備されていたのです。完成した家を見てみると、その全ての構成要素に対して、そうした理由が思い起こされるほどでした。
こうした検討の過程では、「一切の妥協を許さない」厳しさが求められました。「品質に妥協を許さない」のではなく、「あらゆる選択肢ひとつひとつに、納得するまで検討を重ねる」ことに妥協しないということです。建築家としてのオルケアは、普段からその提案に哲学を持ち、その品質に責任が持てるよう心がけています。しかしこうした私たちの姿勢は、お客様にご理解をいただいて初めて価値を感じて頂けるものです。Y様とご一緒させて頂いたプロセスは、Y様のご要望に対しオルケアが提案する全ての物事について、その正しさをひとつずつご説明し確認していく作業となりました。これは、私たちオルケアの建築に対する考え方や、暮らしに対する哲学を再確認できた貴重な機会となりました。
家づくりとは、大変な作業です。多くのエネルギーを長期間にわたって燃焼し続けなければならない、大変な行事となります。施主様の強い思いが良い家づくりにつながることはもちろんですが、私たちオルケアもそれに負けないくらいの、それ以上の熱意を持って取り組まなければなりません。Y様との家づくりは、そうしたオルケアの建築に対する情熱をさらに高めてくれた、思い出深い事例となりました。