第3回

構造規定の変遷

〜 住む人の安全を確保する手段 〜

 皆さん、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

 2016年、大隅良典さんがノーベル生理学・医学賞を受賞されました。ここ数年は日本人の受賞が続いており、日本における基礎研究の偉大さを感じています。
 研究というものは「どこまでを知れば完了」という種類のものでもなく、ノーベル賞を受けてなお「まだまだやるべき事が山積する研究途中」と、受賞に際し大隅さんが述べられていた言葉は、まさにその通りであると思います。
 日々進んでいても、限りなく続く先の道。実際に研究する日々には、周囲にはなかなか認めてもらえない事も多いのだろうと思うと、研究者もとても大変な仕事だと感じます。


ノーベル生理学・医学賞を受賞「大隅良典さん」


 「ドラえもん」という漫画があります。私が説明するまでもありませんが、あったらいいけど有り得ない、未来的で魅力的な道具がたくさん登場する漫画で、私も大好きです。かつて「あったらいいけど有り得ない」と思っていたものが、最近では実際に製品化され、簡単に使えるようになってきており、スマホで実現した「翻訳こんにゃく」などは、まさに驚きです。
 技術の進歩が、いつかドラえもんに追い付くかも知れない。考えるだけでワクワクします。「どこでもドア」で、仕事は東京、家は八ヶ岳に。「タイムマシン」で、週末はクレオパトラに会いに行く。織田信長とも話してみたい。そんな生活が夢ではないかも知れず、期待は膨らむばかりです。科学者の皆様、どうぞよろしくお願いします。


 建築に関するノーベル賞はありませんが、建築のノーベル賞とも言われている「プリツカー賞」というものがあります。この賞の目的は、「建築を通して、人類と環境へ大きく貢献する。」というもので、この目的は、まさに建築という仕事そのものだと思っています。そして建築基準法第1条には、法の目的として、同様の事が、もう少し具体的に記されています。「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」何とも身の引き締まる一文です。


 建築に関わる法律が幾度も改正され、そのきっかけが災害で発生した被害状況を検証した結果であることは、前回までにも述べてきました。人というものは、嫌な思い出や苦い経験をすぐに忘れてしまおう、という特性も持っていて、それが苦難を乗り越えてきた力にもなったのだと思います。しかし「喉元過ぎれば」という言葉もある様に、経験をなかなか継承できていない事が多いのも確かです。
 地震列島とも呼ばれる通り、日本は地震が頻発する土地柄です。文字による地震の記録として残っている最古のものは西暦416年ということですが、地層から発見されている大地震の記録は、縄文時代からわかっているそうです。これほどの成果を積み重ねている地震研究、地層研究の世界も、本当にすごいと感じます。


 現行の建築に関わる法令である「建築基準法」は1950年(昭和25年)に施行されたものですが、それ以前には、1919年(大正8年)に「都市計画法」と共に施行された「市街地建築物法」というものがありました。これは日本での建築に関する最初の法令と言われています。地方によっては、独自で定めた条例なども存在していたようですが、当初の「市街地建築物法」には、木造建物の構造に関する内容はありませんでした。
 しかし、1923年(大正12年)9月、死者・行方不明者10万5千人余、全壊建物10万9千棟余、全焼建物21万2千棟余という未曾有の被害に見舞われた関東大震災を受け、翌年の1924年(大正13年)に「市街地建築物法」は大改正され、木造建物の構造については、いくつかの耐震規定が制定されました。例えば「筋かい」に関する条文は、次の様なものです。

第五十五條
三階建木造建物又ハ平家建ニ非サル木骨石造若ハ木骨煉瓦造建
物ノ壁體ニハ適當ナル筋違ヲ使用スヘシ

現代表記にすると「3階建て木造建物又は平屋建てでない木骨石造もしくは木骨レンガ造建物の壁には適当な筋交いを設けること」となります。具体的な内容は無く、現在と比較すると「たったこれだけ?」と感じますが、当時としては画期的な法律であったようです。


関東大震災


 1950年(昭和25年)に施行された「建築基準法」では、木造建築における構造規定はもっと具体的になっており、例えば耐震に関するものでは、床面積に応じた「耐力壁量」、また軸組みの方法に応じた「壁倍率」など、現行の規定に通じる基本的な算定方法が制定されました。以降、「建築基準法」は大きな災害の度に見直され、改正されて現在に至っています。
 では、木造建物の「耐力壁量」、「壁倍率」については、どの様に見直され、現在に至っているのでしょうか。次の条件の建物を例に、簡易的な壁量計算で検証してみます。


(検証建物の条件)
構造:軸組木造2階建て、 屋根:鋼板葺き、 外壁:板張り
1階床面積:69.56㎡、 2階床面積:40.58㎡
使用する耐力壁:筋かい・柱2つ割、 壁倍率:3.0倍
※筋かいのある耐力壁の長さは、1ヵ所当たり91(cm)として算定


 1950年(昭和25年)当時の規定では、最低限必要な耐力壁量は「震度5程度の地震に耐えるもの」とされました。


1950年 基準法による壁量

1950年 基準法による壁量


 算定式に赤で示した数値は、床面積当たりの必要耐力壁長さを算出するために定められた係数です。市街地建築物法よりも具体的な規定ではありますが、何とも少ない耐力壁量で規定を満足する結果となります。


 その後1959年(昭和34年)には、最低限必要な耐力壁量は「震度6程度の地震に絶えるもの」と改正されました。


1959年 基準法による壁量

1959年 基準法による壁量


 この時の改正の要旨は構造強度を上げることであり、必要耐力壁長算出のための係数が見直されています。改正前と比べた最低限必要な耐力壁量は、2階でおよそ1.5倍、1階でおよそ1.7倍増えました。


 後の1978年(昭和53年)、宮城県沖を震源とする地震が発生しました。この地震では、造成された新興住宅地の地盤崩壊や液状化による被害なども見られ、また、ライフラインが停止したことで都市機能が麻痺状態となるなど、当時の50万人以上の大都市が初めて経験した、都市型地震の典型となりました。


1978年(昭和53年)、宮城県沖を震源とする地震


 これを受け、1981年(昭和56年)に建築基準法は大改正されたのですが、これが俗に言う「新耐震基準」で、最低限必要な耐力壁量は「震度5強程度の中規模地震では軽微な損傷、震度6強から7程度の大規模地震でも倒壊は免れるもの」とされました。
 特に木造住宅の被害が甚大であったため、「壁倍率」についても見直され、検証建物の条件とした「筋かい・柱2つ割」の耐力壁の壁倍率は「3.0倍」から「2.0倍」に引き下げられました。


1981年 基準法による壁量

1959年 基準法による壁量


 この時の改正の要旨も、やはり構造強度を上げることでした。改正前と比べた最低限必要な耐力壁量は、2階でおよそ1.2倍、1階でおよそ1.3倍増えた事になり、1950年(昭和25年)当時に比べると、およそ2倍近い耐力壁量となりました。構造強度的にはかなり強くなったと思われますが、実は、そこに大きな落とし穴がありました。


 1995年(平成7年)、記憶に新しい阪神淡路大震災が発生しました。神戸では震度7の激震となり、多数の死者、建物の倒壊や消失などの甚大な被害がありました。地震後の調査では、新耐震基準に沿った建物についても、その多くが倒壊した事が判明し、2000年(平成12年)の建築基準法の大改正に繋がっていく事となります。
 それまでの法改正により、木造建物の地震に対する耐力が上がった事は前述の通りですが、より強い揺れに耐えようとする場合、耐力壁を増やすだけでなく、構造部材同士の強固な緊結も不可欠な要素となります。
 阪神淡路大震災では、筋かい金物の取付け不備や、柱と梁の接合金物の不備によって、耐力壁が受けた強い揺れを建物全体に逃がす事が出来ず、倒壊してしまった建物が多くありました。


阪神淡路大震災。倒壊してしまった多くの建物。


 また、耐力壁の配置のバランスが悪く、例えば以下の写真の様な、1階の南側に耐力壁が配置されていない建物などが、偏心を起こして倒壊に至った事例も多く見られました。


偏心を起こして倒壊した建物


 それまでの基準では、耐力壁の配置に関しては「釣り合いよく」とあるだけで、具体的な表記はありませんでした。そこでこの大改正では、建物の平面を縦と横に4分割し、各分割部の床面積に応じた地震力に耐えるよう耐力壁を設けること、また、筋かいの取付けによって柱に引き抜き力が掛かった際、柱が土台から引き抜かれないようにする金物の検討と設置が規定されました。


2000年 基準法による壁量

※筋かいをタスキ(2 本)で入れている壁は 91(cm)×2 枚でカウント


 壁量計算としての建物全体に対する計算手法は変わりませんが、次の通り、平面を縦と横に4分割した壁量の検討も必要になりました。

※筋かいをタスキ(2 本)で入れている壁は 91(cm)×2 枚でカウント


 この様に、日本の建築に関する法律は、災害に見舞われる都度に見直され、常に最善の体制を目指してきています。しかし、先日の熊本地震においては、最新の基準に沿って建築されたはずの木造家屋にも、倒壊被害が発生してしまったのです。


 地震後の専門家の調査によると、建築基準法の「壁量計算」を満たしていたものの、上下階の耐力壁位置があまり一致していなかった建物に倒壊が多かった事がわかりました。2階の耐力壁が受けた地震力を1階に伝達し、その力を基礎に逃がす事が出来なかったのです。
 建築基準法では、各階での耐力壁量を満足する事を規定していましたが、それは各階を個別に見ていたものであり、耐力壁位置の上下の関係については規定していませんでした。その為、2階では耐力壁になっていても、その直下の1階には耐力壁が存在しない状態が発生します。これを「耐力壁の直下率」と言います。「壁量計算」の限界でした。


2階の耐力壁直下に1階の耐力壁が無い例


 この調査結果を受け、木造建築業界では「今後は全ての建物に構造計算を義務化するべきである」との意見も多数出ましたが、国土交通省は、過去の苦い経験から採用せず、この点についての現状の変更は行わない事となりました。過去の苦い経験とは、構造計算偽装の一連の事件の後、木造建築の2階建てであっても、全ての建物の構造計算を義務化したのですが、実際に木造建築の構造計算を出来る人材が圧倒的に不足していたため、建築確認申請の提出数が激減してしまった事です。当然、木造住宅の着工数も激減し、このままでは、業界が崩壊しかねない事態にまで至りました。その責任が、国土交通省に向けられたのです。
 では、今回、簡易的な検証で挙げた壁量計算と構造計算とは、どの様に違うのでしょうか。簡単に表現すると、壁量計算は「全ての建物について、重いか軽いかの2種に分類し、各係数を用いて算出した建物重量に見合う耐力壁量を確保する計算」で、A4用紙2~5頁程度のボリュームです。一方、構造計算は「建築しようとする建物についての重量、および重量の分布状況を算出し、それに見合う耐力壁量、配置バランスを確保する計算」であると言えます。加えて構造計算では、算出した重量に見合う構造部材の安全確認も行うので、ボリュームはA4用紙およそ150頁程度になります。
 壁量計算が2サイズ展開の規格品と例えると、構造計算は全てを採寸するオーダー品というところでしょうか。特殊な間取りや形状の建物を、2サイズしか無い規格品に当てはめようとする事は、とても無理があると言わざるを得ません。


 簡易的か詳細かの違いはとても大きいものですが、壁量計算も構造計算も、建物の構造の安全を確認する手段であり、それは、住む人の安全を確保する手段でもあります。そして建築における安全確認とは、法律で定められているから行う類のものでは無い、と、私は思います。しかし、「法律に無いから、或いは罰則が無いからやらなくて良い」という認識を持った建築士が存在する事も事実で、建築確認申請の提出義務が無い地域の木造建物などには、簡易計算である壁量計算すら行われていないものも見受けられます。
 冒頭に挙げた建築基準法第1条の条文にある通り、建築基準法は「最低の基準を定めて」いるものに過ぎません。建築基準法は、過去の痛ましい被害から学び、進化してきた最低限守るべき基準である事、そして、これからも進化していく途上の法律である意味を、今一度考え、深く認識する必要を強く感じています。




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