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構造計画と構造計算

 東日本大震災から6年の歳月が経ちました。あの日を境に、失われてしまったもの、変わってしまったもの、少しずつ元に戻りつつあるもの、新たな方向に進もうとしているもの、なかなか進めず滞ってしまっているもの、あの甚大な災害の爪痕は、時間が経過してもなお、物質的にも精神的にも重く刻まれています。

 物質的には、一体あの日から何が変わったのでしょうか。仮設住宅の問題もさることながら、宅地のかさ上げや防潮堤の高さをめぐっては、未だ解決には至っていないところも多いようです。そして、必然的に、住民が土地を離れて行ってしまう問題が出てきています。
 人がその土地に住み着き、生活を継続するためには、そこでの仕事の継続が大前提となります。職場が無くなり、避難先で仕事を得た状態の生活が長くなればなるほど、元に戻ることは困難になっていきます。住み慣れた土地、生まれ育った故郷での生活に戻りたいという願いがあっても、現実的には、住民が戻らない町に企業や商店は戻らず、戻る住民はさらに減少するでしょう。なんとも歯がゆいこの状況を、一体どうすれば良い方向へ転換出来るのでしょうか。


地盤のかさ上げを行っている南三陸地域。


この写真は、地盤のかさ上げを行っている南三陸地域の様子です。震災後6年が経過した現在、かさ上げ工事は未だ進行中です。宅地の造成はまだ先であり、建物が建ち人々の生活が始められるのは、更にその先の話です。
 私の個人的な思いですが、このままでは税収も激減し、復興を進めている地方自治体そのものも破綻してしまうのではないか。そんな不安がよぎります。震災の教訓から再構築された新しい街に、住民が戻り、活気が戻ることを願わずにはいられません。

 東日本大震災の際、宮城県石巻市にある合板工場も被害を受け、木造建築の材料である合板の製造がストップしてしまいました。建築業界はその影響をダイレクトに受け、合板不足が深刻化し、価格も高騰しました。その時は、一時的に海外からの輸入を増やして急場をしのぎ、その後、合板の価格は少しずつ安定していきました。現在は、国内各地の合板工場が生産を増やしたことにより、需要に対する供給を安定的に行える体制が出来ています。
 しかし、体制は整ったものの、かつて150万戸の住宅着工能力を持っていたはずの建築業界は、現在、着工数が90万戸にまで落ち込んでいる状態であり、近年では日本国内の住宅資材工場の多くが、その能力を持て余している状況です。

 東日本大震災は、関東地方にも広く被害を及ぼしたものであり、その直後は、人々の地震・津波に対する恐怖が大きく、また、首都圏においても食料品の物流が一時途絶えたため、食料品などの備蓄が各家庭でも進められました。建築基準法の容積率も緩和され、災害用の貯蔵庫については、容積率の対象から除かれました。私自身も様々な物の買い置きに努めましたが、やがてやって来た食料の消費期限との戦いを経て、買い置きは減り、あの時の恐怖心と記憶が、徐々に薄れてしまっていました。
 そのような時に、熊本地震が発生しました。東日本大震災で恐怖・危機感を経験したはずであるのに、誠に不謹慎ながら、被災地から遠い関東で暮らす私に、同様の恐怖がこみ上げることはありませんでした。被災地との距離感が、どことなく他人事である感覚をもたらしているのか、首都圏でのお客様との設計打ち合わせにおいても、東日本大震災の時のような緊迫感はあまり無かったように思います。
 人類はこれまでにも様々な不幸を背負って来ましたが、その都度乗り越えて今に至っています。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という諺が生きているようにも感じます。忘れていくということは、良い面もあれば悪い面もあるのかも知れませんが、度重なる強い揺れで倒壊した建物、そしてそれによる人的被害が多かった熊本地震を目の当たりにした我々設計士は、同じように忘れてはいけない、と改めて強く思います。

 では、私たち設計士は何を忘れず、何を考えていかなくてはいけないのでしょうか。阪神淡路大震災以降、性能表示制度が整備され、地震に対する建物の強度が明示されました。構造計算による強度と、簡易計算である壁量計算による強度とでは、およそ2倍の強度差があることは前回説明した通りです。また、構造計算を出来る人数が、住宅着工数の6%程度しかいないことも説明しました。建物の安全性で最も重要であるのは、「構造計画」の検討です。構造計画を確実に行い、その検証として構造計算を行うのです。違いがわかりにくいことと思いますが、ここが大切なところです。
 熊本地震では、耐震等級2である住宅が倒壊しました。これは建築業界に提起された大きな問題であり、何故そのような事態に至ったのか、様々な検証が行われました。結果として、「構造計画」の重要さが改めて浮き彫りとなったのです。

 住宅の設計では、設計士はお客様の要望を聞き取り、間取りの提案を行っていきます。打ち合わせを重ね、建物が具体化していくにつれ要望も現実味を帯び、間取りも少しずつ変わっていくのが一般的です。その際、「お客様の要望を踏まえつつ、同時に構造計画も検討しているか」と言うと、多くの設計士は、「まずお客様の要望を優先し、間取りの決定後に壁量計算、或いは構造計算を行うことが構造計画である」と、勘違いしているように感じます。特に、「構造計算を行えば、全ての安全性が確保される」と思っている人もいますがそれは違います。安全な建物の設計を行うに当たって最も重要であるのは、ラフプランの段階でどの様な構造で安全性を確保出来るかの検討を行うこと、つまり「構造計画」を同時進行させることです。
 住宅設計の流れで一般的なのは、俗に「意匠設計士」と呼ばれるデザインやアイディアに優れているものの、構造の理解については不得手な設計士が、お客様と間取りの打ち合わせを重ね、間取りが決まった後に、俗に「構造設計士」と呼ばれる構造の理解に長けた設計士に建物の構造設計を依頼します。しかし、その間取りによっては、構造的に建物が成り立たないものもあるのです。


 以前、ある会社から次のような構造設計の依頼を受けました。ツーバイフォー工法2階建てで、延床面積はおよそ140㎡、住宅としては大きな規模と言えます。

各階の平面図


 「間取りはこれで決定しましたので、実施設計をお願いします。構造計算は不要です。」との依頼内容でした。打ち合わせ用の図面としては、詳細な書き込みも多く、二世帯住宅として長く打ち合わせを重ねてきたことが伺えました。しかし、この平面図を構造の観点から確認した段階で、既に建物が構造的に成立していない点が見えたため、平面の変更が必要であること、平面を変更したうえで構造計算を行い、構造部材の安全性を確認する必要があると回答しました。

 以下が問題の部分で、緑線が2階のライン、黄色線が中2階のラインです。

1階平面図にて「問題の部分」


  • 1、2階の外壁が載る直下に1階の耐力壁が無い。1階の和室に壁があるが、長さが短いため耐力壁にはならない。2階の地震力を受け、基礎および地盤へ伝達するための耐力壁が1階に必要。
  • 2、吹抜け上の壁ライン直下に壁が無い。1と同様、2階で受けた地震力を基礎および地盤に伝えることが出来ない。
  • 3、中2階の壁ライン直下は引き戸等のため壁が無い。1、2と同様。
  • 4、2階の間仕切り壁直下に1階の窓がある。開口巾が大きいうえ、間仕切壁の下には建物荷重が大きく掛かるため、開口部を支える梁について、構造計算により強度確認を行ったうえ部材選定する必要がある。

 この物件については、このまま設計を進めることが出来ず、また作業着手の目途も立たなかったため、実施設計の依頼はお断りさせていただきました。その後、この建物がどの様になったかはわかりませんが、きちんと構造の安全が確認されたうえで建築されていれば良いのですが。。。。。
 実際、この建物は2階建なので、建築確認申請上は4号建築物の扱いとなります。以前にも述べましたが、4号建築物とは「建築確認申請において構造計算の審査を行わない」とされているもので、「審査が無い故、構造計算は行わない」ことを良しとしている設計士も多く居ます。
 例に挙げたような建物で、「1階の窓が開かなくなった」という相談を受けることが時々あります。多くは、窓上の梁のたわみが大きくなってきているもので、原因としては、窓上を支える構造部材の耐力が掛かっている荷重に見合っていない、つまり、耐力不足であることが考えられます。大きな開口の上で壁を支えるような構造計画であるなら、尚更にきちんと構造計算をしたうえで部材を決めればいいのに、と思います。


 熊本地震からおよそ1年が経ち、専門家の会議では「4号特例の廃止」が言われています。これは「すべての建物の構造計算を行うべき」との考えからです。私もそう思いますが、国土交通省は未だ動いていません。構造計算が出来る人数が住宅着工の6%しかいないことは前述の通りで、これは建築業界の実態として、「100棟の家を建てたい人がいても、6棟しか設計出来ない」ということに成り、深刻な官製不況の発生を恐れています。
 前述の通り「構造計画」とは、構造計算を行う以前に、間取りの打ち合わせの段階から考慮していかなければいけないものです。お客様の要望を、どの様な方法で構造的に安全性を確保しながら形にしていくのか?理想としては、俗に言う意匠設計士・構造設計士の別無く、当然に行えなくてはいけないことだと思います。それは「構造計画」は「建物の設計の基本」であると思うからです。お客様からすれば、間取りの打ち合わせを行っている目の前の設計士が、構造についてはよく考えていない、或いは後回しにしているとは、思いも寄らないことでしょう。設計士に得手・不得手があるその結果として、地震で建物が倒壊しましたでは到底済まないことです。
 熊本地震においては、倒壊した建物の検証結果のひとつとして「壁の直下率」が問題となりました。これを平たく言えば「構造検討をきちんと行いなさい」ということになります。

 今まさに間取りを検討されている皆さま、その間取りについて、設計士の構造的な見解も一度確認されてみては如何でしょうか。