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今後の中古住宅市場

 平成という元号も、もう30年を迎えました。そして来年には、いよいよ新元号を迎える事となります。私が子供の頃、祖母は明治生まれでしたので、昭和生まれの私から見ると、ちょうど「二元号前の人」であり、幼いながら世代の隔たりを感じていました。新元号になれば、私を含む昭和生まれの人間はみな、「二元号前の人」となります。何とも深い感慨に包まれます。


 今年の正月休みは、早くから旅行先を長崎に決めていました。これまで仕事や旅行で九州地方に行く事はありましたが、長崎を訪ねる機会はありませんでした。長崎と言えば、異人館・出島・軍艦島など、様々な見どころがありますが、その独特な地形と都市計画も、とても興味深いものでした。

長崎港

 長崎港は、連続するリアス式海岸線がちょうど深く入り込んだ湾にあり、その周囲は標高300~400メートルほどの山々に囲まれています。元々は、平地がほとんど存在しなかった地域ですが、明治以降、出島を含めて埋立てが進み、現在では、平地に多くの商業施設が存在しています。

 1975年頃(昭和50年代頃)からは、一戸建て住宅が多く建てられる様になり、住宅用地として、丘陵地帯の開発も進みました。独特な地形と発展が生み出す夜景の美しさは、世界的にも知られているところです。

丘陵地帯の開発

そして近年は、住民の高齢化と共に、平地部への住宅需要が高まり、平地部に新築された高層マンションに丘陵地から移転する、という現象が進んでいるそうです。
 当然の事ながら、丘陵地帯には、一戸建て住宅の空き家が増えている事になります。長崎は元々の平地が少ないため、空き家が増える原因に少なからずの特殊性はあるものの、人口減少、少子高齢化が進むわが国においては、この様な状況は全国的に広がってきており、都市部における空き家率も増えてきているのが実状です。


この空き家率の増加を食い止めるべく、国土交通省では、中古住宅市場の活性化を推し進めています。
 その一環として、宅地建物取引業法の一部を改正し、今年の4月1日より、「中古住宅の売買および仲介を行う際には、既存住宅状況調査技術者による調査を義務化する」ことが定められます。これは、中古住宅の流通が停滞する要因のひとつとして、消費者が住宅の質を把握しづらい状況にある事が挙げられているため、消費者が安心して中古住宅の取引を行える市場環境の整備を図り、中古住宅の流通を促進する事を目的としたものです。
 売り手側、買い手側の何れにも属さない建築の専門家による調査が行われていれば、消費者は安心して購入に踏み出せる、という事でしょう。


「既存住宅状況調査技術者による調査」の技術者については、講習を受け、試験に合格する事が資格条件となり、調査については、概要をまとめると次の(1)~(3)の様になります。

(1)構造耐力上主要な部分の調査
 これは、構造の不備が原因と想定される現象の「目視・計測による確認」で、具体的な確認部分は次の通りです。
① 基礎
② 土台・1階床
③ 2階床
④ 柱および梁
⑤ 外壁および軒裏
⑥ バルコニー
⑦ 内壁
⑧ 天井
⑨ 小屋組
⑩ 蟻害・腐朽等
 この確認は「目視・計測による確認」、つまり非破壊で行いますので、床下および小屋裏は、点検口から覗ける範囲の確認となり、基礎、外・内壁、天井等も、あくまでもその表面の確認に留まります。したがって、表面の仕上げ材にヨレが見られたり、クラックが見られる場合に、その範囲・大きさで構造上の問題を予測し、判断する事となります。床については、レベル測定器を使用し、傾斜の測定を詳細に行います。


(2)雨水の侵入を防止する部分の調査
 これは、これまでに雨漏りが発生した事実があるかの確認であり、前項同様、非破壊の目視確認です。確認する部分は次の通りです。
① 外壁
② 軒裏
③ バルコニー
④ 内壁
⑤ 天井
⑥ 小屋組み
⑦ 屋根


(3)耐震性に関する書類の確認
 これは、建物が「いつ」建築されたかの確認を行なうものです。住まいの学校・第3回「構造規定の変化」でも記しましたが、1981年(昭和56年)に建築基準法の耐震基準が大きく改正され、この年を「新耐震基準」の起点とし、調査対象の建物が、新耐震基準以前の建物であるか以降の建物であるか、また、どの様な耐震性能を持っているかを、次の資料などを基に確認します。
① 建築確認申請図書
② 検査済証
③ 住宅性能評価書


 以上が、2018年4月1日以降、中古住宅の売買契約の前に、専門技術者が調査しなければならない内容です。
 果たして皆さんはどう思われるでしょうか?これ程の内容の調査が行われるのであれば、安心できる中古住宅が流通し、中古住宅市場の活性化にも繋がる。実際、その様になるのでしょうか。
 私なりに検証してみたところでは、「これで安心!」と言うには、未だ躊躇があります。私がモヤモヤと気になっている点を挙げてみます。
(1)構造耐力上主要な部分の調査
 建築基準法関係法令で、小規模な木造建築物の基礎に鉄筋を入れる事が明解に定められたのは、2000年(平成12年)の事でした。したがって、これ以前の木造2階建て以下の住宅の基礎には、鉄筋を入れていないものも多く見られました。また、現在建築されている建物であっても鉄筋コンクリート造の規定通りに鉄筋を入れていない建物が多数有ります。既存住宅状況調査は非破壊調査であるので、基本的に鉄筋に関する調査は行いません。ここで行える調査は、クラックの有無など外から見える範囲のものであり、鉄筋の有無については判断されません。
 木造構造体については、例えば土台の状況は、ほとんどの部分は見る事が出来ません。柱については、真壁として柱を表して納めている部分は確認出来ますが、大壁として壁内に納まり、仕上げ材で覆われている部分は確認出来ず、これは床梁、床根太も同様です。
 床表面については、レベル測定を行い、大きく歪んでいないかの確認を行います。目安となる数値は6/1000で、これ以上の傾斜がある場合には、何等かの問題がある可能性があると判断されます。しかし、あくまでも計測による確認であるので、その傾斜が構造の不備に起因しているのか、経年による床梁部材の劣化で発生しているのか、原因の特定には至らない事の方が多いと思われます。木材は、それ自体の乾燥によって反りや変形が発生します。その為、新築時でも、ある程度の床の傾斜は発生していますが、それが問題になる事はありません。
 また、蟻害・腐朽等については、一般的にシロアリ被害は床下から発生するので、床下点検口から見える範囲に被害があれば確認が出来ますが、見えない部分の被害は確認しなくても良い事になります。


(2)雨水の侵入を防止する部分の調査
 これまでの雨漏りの痕跡の確認であり、壁や天井などの仕上げ表面の確認を行いますが、ここで問題としているのは、あくまでも雨漏りであり、結露については問題としていません。
 2010年(平成22年)に始まったエコポイント制度により、断熱性能の高い建物が多く建築されるようになって以降、正しい断熱施工が行われなかった事による結露の問題が増えています。濡れた痕跡としての表面のシミが、雨漏りなのか結露なのかの判断、つまりは、原因が防水不備なのか断熱不備なのかの判断は、目視確認だけではとても難しいのです。


(3)耐震性に関する書類の確認
 これは先にも述べましたが、1981年(昭和56年)の耐震に関する法改正以前の建物は耐震性能が弱いため、建物が建築された時期で線引きを行い、耐震性能の判断をしています。しかし、本当にそれだけで良いのでしょうか?
 木造軸組工法建築物の構造に関する法律は、2000年(平成12年)の告示改正で大きく変更されました。(興味のある方は、住まいの学校・第3回「構造規定の変化」をご覧ください。)これは1995年(平成7年)に発生した阪神淡路大震災での、木造建物の甚大な被害状況を契機とした改正であり、したがって、木造軸組工法建築物にとっての耐震に関する節目としては、2000年(平成12年)という年も重要であるのです。
 加えて、2階建ての建築物は、建築基準法第6条4号(4号特例)に該当します。これは、当該建築物の構造計算や壁量計算は「設計者の判断による」ものとされ、建築確認申請においての審査項目からは外されています。したがって、構造計算書や壁量計算書が、必ずしも設計図書に含まれているとは限らず、建築確認済証を見ても、耐震性能の確認は出来ない事の方が多いのが現状です。
 以上の様に、宅地建物取引業法の一部が改正されますが、中古住宅の取引に当たり、「事前に既存住宅状況調査技術者による調査を受ければ大丈夫」と、躊躇なく言える内容にはなっていないと思えてなりません。
 「中古住宅の流通の活性化を行うには、社会的な信頼度合を考え、不動産業者の調査ではなく、建築士にお墨付きを出してもらえるなら、購入者も安心するのではないかな?」国土交通省の考えは、こういう事でしょうか?
 安全・安心を得るには何ともお金が掛かる話ですが、中古住宅を購入する際には、既存住宅状況調査技術者という肩書きと調査内容に縛られず、本当に信頼の出来る建築士に見てもらい、建物を安全に保つためのリフォームも視野に入れ、どの程度の費用が必要であるかの相談を行ったほうが良いと思います。